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2017年3月25日 (土)

キングコング : 髑髏島の巨神

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 アメリカ
 アドベンチャー&アクション&ファンタジー
 監督:ジョーダン・ヴォート=ロバーツ
 出演:トム・ヒドルストン
     ブリー・ラーソン
     サミュエル・L・ジャクソン
     ジョン・C・ライリー


                                                                                     【物語】     (シネマトゥデイ)
 コンラッド率いる調査遠征隊が、未知の生物を探すべく、神話上の存在とされてきた謎の島に潜入する。しかし、その島は人間が足を踏み入れるべきではない“髑髏島”だった。島には骸骨が散乱しており、さらに岩壁には巨大な手の形をした血の跡を目撃する。そして彼らの前に、神なる存在であるキングコングが出現。人間は、凶暴なキングコングに立ち向かうすべがなく…。

 世間的にはゴジラと並んで怪獣の代名詞となっているキングコングだけれども、日本人としての矜持なのか?ゴジラほどに魅力が感じられなし、それ以上に今さら感が強くあったんで、観るかスルーするかで迷うも、よくよく思い返してみると、33年のオリジナルをはじめゴジラと戦った「キングコング対ゴジラ」、近々では05年のピーター・ジャクソン監督版、そして珍しいところでは香港映画の「北京原人の逆襲」と何かにつけてキングコングに惹かれ触れて来ていることに気づき、それならばと思い張り切って髑髏島に行ってきた。

 幕が開いたと同時に必要最低限の情報だけを提示しただけで、間髪入れずにキングコングが登場。そのキングコングを筆頭にスカル・クローラーとの怪獣バトルに時が経つのも忘れほどに夢中になり、すっかり童心に返ってまった。
背景にあるベトナム戦争とキングコングに仲間を殺されたパッカード大佐の憎しみや喪失感は、観ているときは怪獣バトルに目を奪われてその辺の感情をそれほど感じることがなかったのに、観終わってみればパッカード大佐の感情がビシっと記憶されていて、怪獣同士のバトル以上に丁寧に人間ドラマが語られていたように感じられ、その辺の緩急は天晴の一言。
 終盤でメイソン(美女)を抱え込んでのバトルはキングコングの基本スタイルを踏襲、ベトナム戦争が背景にあることから髑髏島上陸する際のヘリコの編隊、炸裂するナパーム弾の行は「地獄の黙示録」、南海の孤島と原住民、そしてゲソラとのバトルは「決戦!南海の大怪獣」、さらに言えば常に嵐によって周りから隔絶された髑髏島へ向かう行もどことなく「行こうおばさん! ラピュタはあの中だ!」の趣で、全編にわたって映画愛にあふれたものとなっていて物語、迫力ある映像以上に惹きつけられるものがあって観ていてホントに楽しくあった。
 キングコングが時折見せる優し気で寂しげな目つきがとても印象的。確か05年版のときも同じことを感じたことを思えば、この目つきがキングコングの魅力のひとつなのかもと。ゲソラ、牛にクモと登場した巨大生物の数々は魅力的も【怪獣】というよりかは【クリーチャー】といった印象。確かに同じ意味合いではあるけれどもニュアンス的になんか違うかなぁと。
そう言う意味ではスカル・クローラーの造詣がいかにもアメリカ的で心底ダセぇうえに怪獣感が皆無…なのが実に残念…この辺を観るとどんだけ日本の怪獣の造詣のセンスの良さが優れているかがよく解る。願わくば大きくゴジラやキングギドラの造詣を損なうことを願うばかり。何にせよ、次作のゴジラ篇、さらにその次のゴジラVSキングコング篇が楽しみだ。

 戦場に生きるも戦争終結とともに生きがいを失った喪失感、仲間を殺された怒り、自己満足が招いた結果に対する後悔と負の感情しかないようなパッカード大佐役のサミュエル・L・ジャクソンがすげぇヨカッタ。Fワードが売りなのは解るけど、ムリに言わせようとしなくてもいいような…。
ほぼ主役なのにコレといったことをしているように見受けられなかったトム・ヒドルストンはイマイチだったかなぁと。

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